100人中100人が願望実現できてしまう時代の到来
最近思ったのですが、旅行系のYoutube動画や、世界各地の街の様子を写した動画を観ていると、「これってもうわざわざ行く必要なくなってきてね?」ってことです。
インターネット回線の高速化や、大画面の高画質ディスプレイの低価格化によって、今では誰もが立派に「疑似体験」ができる世の中になっています。
もちろん、まだ現段階では「完璧に現実と同じ体験ができる」とは言えませんが、この技術がさらに発達していけば、本当に現実と寸分違わぬ仮想空間が実現するのは間違いないでしょう。
そうなってしまったら、もはや努力する人は「努力フェチ」の人だけ、という世の中になってしまうはずです。
努力なんてしないでもいきなりポンっと欲しいものが手に入ったり、してみたい体験が出来てしまう。
そんな時代がもうすぐそこまで来ているのです。
そう考えると、これまでのように誰かに嫉妬したり、惨めな思いをする人間もいなくなるのかなー、なんて考えてしまいました。
引き寄せの法則、というものに惹かれる人も、その頃にはほとんどいなくなってしまうかもしれません。
「プライド」は願望実現・引き寄せの法則の邪魔にしかならない
特に男、という生き物は「自力」というものを好み、いかにして承認欲求を満たすかが生きるテーマだったりすると思います。
だから、単純に金持ちになればいいのではなく、「かっこよく金持ちになる」ということが非常に重要なのです。
たまたま買った宝くじが当たって「億万長者」
より
長年の努力が実り波乱万丈を経て「億万長者」
の方が圧倒的に好ましいのです。
特に、苦労の末に手に入れた「スキル」や「知識」をフル活用し、「俺だから成功できた」「この成功は運じゃない」と思いたいのです。
しかし、引き寄せの法則を活用するのであれば、このような考え方はNGです。
引き寄せなんてものは、究極の「他力本願」であり、全く苦労せず「結果」を手に入れようとすることだからです。
男のプライドなんて言ってたら、何も受け取れませんからね。
例えば、親から5000万円もらった、として、そのおかげでマイホームを手に入れたとしても、それを人前で堂々と話せる人はあまり多くないと思います。
なんかださいじゃないですか 笑
どうせなら、自分で苦労して構築したビジネスで手に入れたお金で手に入れたいですよね。
それなら、堂々としていられます。
親が金持ち、親のすねかじり、という人間に対して「批判の心」が少しでもあるようなら、引き寄せの法則をフル活用するのは難しいかもしれませんね。
これからは、親のおかげだろうが、ヒモだろうが、宝くじだろうが、「いいねー。引き寄せてるねー!」と笑顔で言えるようになっていきたいと思います(笑)
他力が許せなかった自分~過去の記憶~
詳しくは書きませんが、わたしは過去、一般的に「どんなに努力しても実現できるかどうかは全くわからない」というような「夢」を実現させたことがあります。
そのためか、自分の運に関しては結構自信があったりします(笑)
ただ、その当時のわたしの内側からは「まったく手ごたえがない」「ただむちゃくちゃ運がよかっただけだな」というネガティブな感情が湧き上がってきました。
つまり、私自身が「自力」を愛しており、因果関係が明確な事象でない限り受け入れることができなかったのです。
「あれだけの努力をしたのだから、こうなったのは当然だ」というようなものを求めていたのだと思います。
ただ、思い返してみてもあれはまさに「引き寄せの法則が発動した」と思える位、「嘘みたいに簡単に成功した」事例だと思います。
問題なのは、あまりにも「サクッと」行き過ぎたということ。
予定としては、もう少し試行錯誤の末到達するべき状態だったため、そのあまりのあっさり加減に肩透かしを食らったようになってしまったのだと思います。
かっこつけ野郎だった当時のわたしは、「こんなんでは自分がダメになってしまう」と感じ、あっさりとその手に入れたものを自ら捨て去ってしまいました。
とんだ「自我野郎」です。
今の自分だったら「いえーいラッキー!」と素直に受け取り、その時間を楽しむことでしょう。
願望の実現、というものは時として、「努力」とか「才能」などまったく無関係に起こります。
その時、それを素直に受け取れるかどうか。
大切なことはそこかなと。
人によるとは思いますが、「おれの力で成し遂げたんだ!」と実感したいタイプは、たとえ強運に恵まれ、願望が実現したとしても素直には喜べないのです。
そんな自分でいるかぎり、やはり人生は「苦難に満ちたドラマ」であり続けるのだと思います。
自己流の「引き寄せの法則」|答えは外にはない
わたしは「引き寄せの法則」に関する本を片っ端から熟読してきたタイプではありません。
いわば「にわか」。なんちゃってスピリチュアルです。
と言いますが、もともと全ての答えは「自分の中にしかない」という人生観を持って生きてきたので、既存の知識をかじりながら、結局最終的には自己流でなんでもやってきてしまいました。
そして、今回「引き寄せの法則」に関しても、自己流の部分がかなりあります。
例えば、「想念が現実化」するという基本理論を基に
だったらまずは「健康管理」からだな
という方針を立て、食事法から着手。
結果的にいとも簡単に「今の生活で充分」「散歩してるだけで幸せ」という状態に持っていくことに成功しました。(時々食が乱れておかしなことになりますがw)
そして、面倒な環境のまま悟りを開くような難易度の高いことには最初から挑戦せず、ありとあらゆるもの(人間関係、仕事など)を断捨離し、完全に一人の環境を構築。
誰一人知り合いのいないところに移り住みました。(ほとんどニートです)
こうすることで、たやすく良い想念を頭の中に作り上げることができると考えたわけです。
正直、劣悪な職場環境や、家族含む人間関係を抱えたまま「この環境はすべて今の自分にとってベストなんだ!」と言い聞かせながら浄化をする、的なことは自分には無理だと早々に判断しました。
面倒な要素のすべてを排除してから、シンプルに日々のニート生活の中で「心地の良いもの」だけをチョイスし、それらで想念を一杯にして引き寄せまくっちゃえばええやん?という発想です。
もちろん、誰にもこのやり方を勧めません。もともと、誰かに何かを強制することが大嫌いで、意見の押し付けを毛嫌いしているタイプなため、基本的なスタンスとして
各々が勝手にしたらいいんでない?
と常に考えてきましたし、実際にそうやって生きてきました。
しかも、今となっては創造主らしく(?)「他人はいない」というマインドを持ち始めているので、このブログはまさに完全な独り言とも言えるかもしれません。
ってなわけで、今日もなぜか文章を書く欲求が出てきたので、カタカタと書いてみました。
おやすみなさい。
自我が手も足も出ないレベルの願望こそ最適ー引き寄せの法則実践記
引き寄せの法則のコツは「努力を一切しないこと」だと思っている私ですが、今現在検証目的で描いている「実現イメージ」は、自我の思考ではとても追いつかないようなものにあえてしています。
年収で言えば10億以上はないと無理な生活イメージ。
そうすることによって、自我が余計なことをしようとするのを防ぐ目的があります。
どう考えても、自身の能力や気質では実現不可能な達成イメージしているのです。
なので、自我の思考は早々に諦めてくれ、最初から「おまかせ状態」を実現することができました。
年収数千万円~1億程度であれば、「〇〇を死ぬほどやれば実現できるかも?」と思えるわけですが、さすがに「10億オーバー」となれば完全にお手上げなわけです。
自信が創造主として生きない限り、到底なし得ないこと。
それを日々、心地よさの中でイメージをし続け、あとは瞬間瞬間の自然欲求におまかせして行動していくだけの超シンプルライフ。
とりあえず、信じられないくらい気楽な日々が続いております。
ああ、そういえば、今日スーパーでちょっと変わったことがありました。別に大したことではないけど、「これは引き寄せですか?w」と思うようなピースフルな出来事でした。
平和です。
平和な現実の創造のために観るものを厳選するようになったよ、って話
今現在、絶賛「引き寄せの法則」実践中のわたしですが、マイブームは「豪邸紹介系のYoutube動画」です。
こういうやつ↓
ほぼ一日中再生しっぱなしです。
実際、そこまで本気で住みたいわけではないのですが、観ていて心地よいのは間違いないのでこれ系の引き寄せでもしてみようかと。
それはいいとして、それよりもわたしが最近超絶に意識しているのが「暴力的なもの」「グロテスクなもの」「悲しい物語」「不幸を描いたストーリー」といった、ネガティブなコンテンツを徹底的に観ないようにしているということです。
想念が現実化するという理論からすれば当然のことですが、よく考えてみれば、人は幸せを望みながら、結構こういった「ネガティブコンテンツ」を好んで見てるよなーと今更ながら気づいた次第です。
人が不幸な話題を好む一つの理由としては「最悪の不幸を知ることで、自分がまだまだ幸せだと思える」ということもあるでしょう。
しかしながら、脳内に毎日毎日ネガティブな情報を放り込んで幸せになれるとは到底思えません。(これは引き寄せの法則云々以前の問題です)
そして、今現在のわたしは引き寄せの法則(もちろんポジティブ方面の)を実践しているわけですから、これらのネガティブなものを徹底的に遠ざけています。
まだ数日の話ですが、すでに「想念がクリーンになっている」という感覚があります。
おまけに時間的にも余裕が出来てこういったブログ執筆する気にもなってきました。(どんだけネガティブコンテンツに時間を喰われていたかがわかる)
さてさて、そろそろ寝ますかな。
引き寄せの法則がちゃんと働いた結果「この世の不幸」は消えないままでいるという話
世の中では日々「不幸な出来事」が起きています。
戦争はいつまでたってもなくなりません。
その原因はシンプルで、人間が「不幸な出来事」「怖いこと」を愛しているからです。
引き寄せの法則というものは「想念が現実化する」ということだと思いますが、日々不幸なニュースが垂れ流され、ホラーやアクションなどエキサイティングな映画を好んで観る人はとてもたくさんいます。
これだけ「現実に起きたら望ましくない出来事のイメージ」を積極的に脳内に刷り込んでいたら、そりゃー不幸な出来事は起こるでしょうよ、ってな感じです。
そして、話を「夢の実現・目標達成」に移してみます。
恐らく、すべての人の共通認識として「夢や目標は努力の末に勝ち取るもの」というものがあるかと思います。
人によっては「難しいからこそ素晴らしい」という考えを持つ人もいるでしょう(私がそうでした)
これが、「夢の実現にはある一定レベル以上の努力が必要であり、長い時間を要する理由」であるとわたしは考えています。
ですから、本気で「夢の実現に努力は一切不要」「望めばサクッと実現できる」「目標は簡単に叶った方がええやん!」と思えるなら、そうなるでしょう。
でも、そんなに簡単にいきません。それは心のどこかでそれを望んでいない自分がいるからです。
実は、私は結構前から(10年以上前から)引き寄せの法則なるものを知っていました。
しかし、それを知った時のわたしと言えば「そんな簡単に夢が叶ったらつまらんやん。成長もないし」と本気で思い、一瞬で却下したのです。
だから、その通り大きな夢の実現には丸10年要しました。
自分が思った通りになったのです。
その後も目標達成は経験していますが、さすがに「もう飽きた」状態になってしまい、もはや頑張ることに意味を見出す事もできませんし、それを楽しむ気も起きなくなってしまいました。
そうです。
結構人生どうでもいいのです(笑)
これが、わたしが今のタイミングで「引き寄せの法則」にトライしてみようと思った理由です。
ただの遊びです。
正直、今の正直な気持ちを言うと、人生にあまり重みを感じていませんし、ガチで「仮想空間」程度の認識しか持っていません。
仮に「余命1年」と宣告されても、ニヤニヤしてしまうか、もしくは逆に幸福度が増すかもしれません。「やっとこの茶番も終わるか~」と。
別に不幸なわけではありません。むしろ、健康状態も良く、日々幸福感もあります。今以上の生活を強く望むこともありません。
しかし、よく考えてみると今のこの状態は「引き寄せの法則の発動」には非常に好都合ではないかと思うのです。
感覚的には「なんとかして人生を好転させたい!」という感じでは全くなく、「暇だからちょっと違う感じの絵でも描いてみるか~」位の感覚です。
なんか、その方が引き寄せの法則が簡単に発動しそうな気がしたのです。
努力に飽きた、というのも好都合です。
引き寄せの法則では努力はご法度という意見もあるようなので(というか努力している時点で「引き寄せ」ちゃうやんwという感覚)
あまり生意気なことは言いたくありませんが、経験上「努力して夢が叶う」ということは当たり前とさえ思っています。(世界一を目指すとかではないかぎり)
だから、わたしにとって「努力せずに物事が実現する」という魔法のような現象をちょっと見てみたい、という感覚があります。
もしこれから「とんでもない大富豪になってしまう」ということが実現したとしても、たぶん自分は大して驚きもしなければ、むちゃくちゃ喜ぶこともないと思います。
それ位に、現実に冷めているので(笑)
でもこれくらい冷めている方が、サクサク現実化しそうな気がしています。
はてさてどうなるか。